朝ドラ「風、薫る」のモデルは誰?実在人物や実話なのか解説

俳優

2026年3月30日スタートのNHK連続テレビ小説「風、薫る」。

Wヒロインのモデルとなったのは、明治時代に日本で初めて正規の看護教育を受けた実在の女性たち大関和(おおぜき ちか)鈴木雅(すずき まさ)です。

「カネのために汚い仕事も厭わない賤業」とまで蔑まれた時代に、ふたりはなぜ看護の道を選んだのか。

そしてドラマはどこまでが実話で、どこからフィクションなのか。この記事で詳しく解説します。

「風、薫る」は実話?フィクション?

結論からいうと、「風、薫る」は実在人物をモチーフにした完全フィクションです。

NHKの公式発表では「モデル」ではなく「モチーフ」という表現を使っており、実在の大関和・鈴木雅の人生をベースにしながらも、ドラマとして再構築された創作作品であることが明示されています。

実際、原案本を執筆した天理大学の鈴木紀子教授(日本看護歴史学会所属)も「特に鈴木雅は実物とはかけ離れた描かれ方をしている」とコメントしており、史実に忠実なドキュメンタリードラマではありません。

項目内容
ジャンル実在人物モチーフのオリジナルフィクション
NHKの表現「モデル」ではなく「モチーフ」
原案田中ひかる著『明治のナイチンゲール 大関和物語』
脚本吉澤智子(完全オリジナルとして制作)
看護考証日本看護歴史学会がチームで担当

史実と創作の境界線を意識しながら楽しむのが、このドラマをより深く味わうポイントです。

モデル①:大関和(おおぜき ちか)とはどんな人?

ヒロイン・一ノ瀬りん(見上愛)のモチーフとなった人物

項目内容
生没年1858年(安政5年)〜1932年(昭和7年)享年75歳
出身栃木県大田原市(旧・黒羽藩)
大関弾右衛門増虎(元家老・石高200石)
通称「明治のナイチンゲール」「我朝のナイチンゲール」

生い立ち

安政5年(1858年)4月11日、黒羽藩の重臣・大関弾右衛門の次女として生まれました。父は元治元年(1864年)に黒羽藩主のもとで家老に就任した人物。しかし慶応3年(1867年)に藩主が急死し、その翌年に辞職。明治維新後は黒羽を離れ上京しています。

明治9年(1876年)、父が50歳で死去した年に渡辺豊綱と結婚。明治10年に長男、明治13年に長女を出産しますが、その後夫と離婚しシングルマザーとなりました。これがドラマの一ノ瀬りんの境遇に反映されています。

看護との出会い

明治14年(1881年)に上京し、英語習得のために正美英学塾に通います。そこで知遇を得た植村正久牧師の勧めにより、明治19年(1886年)11月、桜井女学校附属看護婦養成所に入学。第一期生6名のひとりとなりました。

大関和の主な功績・年表

出来事
1858年栃木県黒羽藩(現・大田原市)に生まれる
1876年父が死去した年に渡辺豊綱と結婚
1881年上京。正美英学塾で英語を学ぶ
1886年桜井女学校附属看護婦養成所に第一期生として入学
1888年養成所を卒業。帝国大学医科大学第一医院・外科の看護婦長に就任(現・東大病院)
1890年新潟県・高田女学校の舎監兼伝道師として赴任
1891年新潟・知命堂病院の初代看護長に就任
1896年東京に戻り、東京看護婦会講習所の講師に
1899年著書『派出看護婦心得』を刊行
1901年東京看護婦会会頭に就任
1908年著書『実地看護法』を刊行
1909年大関看護婦会を設立、大関看護婦講習所を開所
1911年大日本看護婦協会東京組合長に就任
1932年脳溢血による2年間の闘病の末、75歳で死去

コレラ・赤痢との闘い

大関和が特に力を入れたのが感染症対策です。コレラや赤痢が猛威をふるっていた明治時代、ナイチンゲール方式にもとづいて排泄物の正しい処理・徹底した清掃と換気・患者の清潔保持を実践し、大きな成果を上げました。ドラマのクライマックスにも、この疫病との闘いが描かれると予想されます。

著書を2冊刊行した先駆者

明治時代の看護師として珍しく、実践的な看護の知識をまとめた著書を2冊(『派出看護婦心得』『実地看護法』)刊行。看護教育の普及にも大きく貢献しました。

モデル②:鈴木雅(すずき まさ)とはどんな人?

ヒロイン・大家直美(上坂樹里)のモチーフとなった人物

項目内容
生没年1858年(安政4年)〜1940年(昭和15年)享年82歳
出身静岡県(父は静岡県士族・加藤信盛)
旧姓加藤
学歴フェリス・セミナリー(現フェリス女学院)→共立女学校(現横浜共立学園)修了

生い立ち

静岡県士族の家に生まれ、フェリス・セミナリー(現フェリス女学院)と共立女学校(現横浜共立学園)でキリスト教系の女子教育を受けました。英語にも堪能で、ナイチンゲールの著書『看護覚え書(Notes on Nursing)』を入学前に原書で読んでいたほどです。

明治11年(1878年)に鈴木良光陸軍少佐と結婚し子供を2人もうけましたが、夫は明治16年(1883年)に病没。大関和と同じくシングルマザーとして上京し、看護の道を歩み始めます。

英語力を武器にした看護人生

共立女学校で培った高い英語力が、鈴木雅の最大の武器になりました。看護婦養成所では、イギリスからきた指導者・アグネス・ヴェッチの英語授業の通訳を担当。同期の中でも際立った存在でした。

鈴木雅の主な功績・年表

出来事
1858年静岡県に生まれる
1878年鈴木良光少佐と結婚
1883年夫が病死。シングルマザーとなり上京
1886年桜井女学校附属看護婦養成所に第一期生として入学。大関和と出会う
1888年養成所を卒業。帝国大学医科大学第一医院・内科の看護婦長に就任
1891年日本初の派出看護婦会「慈善看護婦会」を設立(のちに東京看護婦会に改称)
1896年東京看護婦講習所を設立。看護教育に注力
1900年頃東京看護婦会と講習所を大関和に譲り、引退
1940年82歳で死去

日本初の「派出看護婦会」を設立

鈴木雅の最大の功績は、明治24年(1891年)に日本初の派出看護婦会「慈善看護婦会」を設立したことです。それまで上流階級の家庭にしか届かなかった派出看護を、広く庶民に広げようという理念のもと、会則には貧者への無料看護も定めました。

「慈善」という名称には、名誉職として無償奉仕を求められがちだった当時の風潮に抗い、看護を女性が経済的に自立できる専門職として確立したいという思いが込められています。

ふたりの共通点と関係性

大関和と鈴木雅には、驚くほど多くの共通点があります。

項目大関和鈴木雅
生年1858年1858年(同い年)
境遇シングルマザーシングルマザー
養成所桜井女学校附属看護婦養成所・第一期生同上・第一期生(同期)
最初の職場帝大病院・外科看護婦長帝大病院・内科看護婦長
信仰キリスト教(プロテスタント系)キリスト教(プロテスタント系)
晩年東京看護婦会を引き継ぐ東京看護婦会を大関和に譲り引退

同い年のシングルマザーとして同じ養成所の同期に入学し、帝大病院で同僚として働き、後に組織を引き継ぐ形で生涯にわたって関わり続けた——まさに「信仰の違いを乗り越えて看護婦の認知向上のために同じ情熱を持ち続けた盟友」と言われる所以です。

ドラマの「考え方もやり方もまるで違う二人のバディ」という設定は、この実際の関係性を大いに参考にしています。

ドラマのキャラクターと実在人物の違い

NHKは「モデルではなくモチーフ」と明言しており、ドラマと史実にはいくつかの大きな違いがあります。

一ノ瀬りん(大関和モチーフ)の違い

  • 実在の大関和:元家老の家の次女として生まれ、栃木県那須地域出身という点はほぼ史実通り
  • ドラマのりん:「シングルマザー」「元家老の娘」という境遇は史実を反映しているが、看護に至る経緯や人間関係はフィクション

大家直美(鈴木雅モチーフ)の違い

  • 実在の鈴木雅:静岡県士族の娘。キリスト教系学校で育ち英語が堪能。結婚・夫との死別を経てシングルマザーに
  • ドラマの直美「捨て子として牧師に育てられた」という設定は大きく改変。原案者・天理大教授も「実物とはかけ離れた描かれ方をしている」と明言

このように、特に直美(鈴木雅モチーフ)の設定はドラマとしての創作度が高く、史実とは異なります。

原案本「明治のナイチンゲール 大関和物語」とは

「風、薫る」の原案となった書籍が、田中ひかる著『明治のナイチンゲール 大関和物語(中央公論新社)です。

▷Amazon 田中ひかる著『明治のナイチンゲール 大関和物語

田中ひかるさんは前著『明治を生きた男装の女医 高橋瑞(みず)物語』の執筆中に大関和の存在を知り、関心を持ちました。「途中、身内の度重なる不幸などさまざまな艱難に出合いながら、それを乗り越え突き進んでいく大関和の生き方は、現代を生きる私たちに勇気を与えてくれる」と語っており、その魅力がドラマの原点となっています。

また鈴木雅については「彼女とともに看護学校で学び、看護婦という職業の確立に貢献しながら、40代で突如引退を決めた人生にも非常に惹かれるものがあった」と記しており、二人の女性への深い共感がこのバディ物語の土台になっています。

ゆかりの地・舞台となった場所

場所ゆかり
栃木県大田原市(旧・黒羽藩)大関和の出身地。クランクイン地点。大田原市では「明治のナイチンゲール企画展」も開催
新潟県上越市 知命堂病院大関和が初代看護長を務めた病院。病院所蔵の写真がドラマ資料として使用
東京 本郷帝国大学医科大学第一医院(現・東大病院)がある地区。ふたりが看護婦長として働いた場所
東京 女子学院(旧・桜井女学校)ふたりが学んだ看護婦養成所の所在地

まとめ

「風、薫る」のモデルとなった大関和と鈴木雅は、どちらも1858年生まれの同い年のシングルマザーとして、看護が「賤業」と蔑まれていた明治時代に果敢に道を切り拓いた実在の人物です。

  • 大関和(りんのモチーフ):「明治のナイチンゲール」と呼ばれた日本初の正規看護師のひとり。栃木県大田原市出身
  • 鈴木雅(直美のモチーフ):日本初の派出看護婦会を設立し、看護を女性の自立できる職業へ押し上げた先駆者。静岡県出身

ドラマはあくまで「モチーフ」とした創作作品ですが、彼女たちの生きた時代の空気や、看護への情熱は確かに物語に息づいています。2026年3月30日の放送開始前に、ふたりの実在人物のことを知っておくと、ドラマがさらに深く楽しめるはずです。